ゾンビとUnityとUE4

ゾンビネタとUnity/UE4でのゲーム制作についてつづるブログです。

ロード・オブ・セイラム


ロード・オブ・セイラム スペシャル・プライス [DVD]
シェリ・ムーン・ゾンビ (出演), ブルース・デイヴィソン (出演), ロブ・ゾンビ (監督)


gyaoで無料公開されていたので、有難く視聴。ありがたやー(人)
現在は公開終了しています。

ロード・オブ・セイラム - GYAO!
http://gyao.yahoo.co.jp/p/00657/v09902/
公開終了しました。

どう解釈すればいいのか分からない部分がいくつもあるので、DVDとノベルを購入しました。
ノベルはロブ・ゾンビ監督の脚本を元に、ホラー小説家のB.K.エヴェンソンによって小説化されたもので、原作ではありません。

ロード・オブ・セイラム - Wikipedia

日本のウィキペディアによると、興行は赤字。
とは言っても、120万ドルくらい稼いでいるし、もっと制作費を抑えれば黒字は出せたんじゃないかと(監督の話では、この予算でもかなりカツカツだったそうだ)。

ロブ・ゾンビファン達が胸に期待を膨らませて観に行ったものの、これまでのロブ・ゾンビ映画と毛色が違う上に、あまりに人を選ぶ内容だったため、その後の動員に繋がらなかったんじゃないかと予想。



キャスト・スタッフ

既に書きましたが、「マーダーライドショー」のロブ・ゾンビが製作・監督・脚本を務めています。
ロブ・ゾンビ映画はマーダーライドショーしか観た事がないのですが、ずいぶん昔に一度観たきりなので、内容を全く思い出せない状態になってます。
ロブ・ゾンビが手がけたCMがいくつかあり、↓の記事に動画が貼り付けてありました。
ロブ・ゾンビ監督の映像作品には、独特の暴力性があるとのことなのですが、私にはよくわかりません。
以下のブログに、ロブ・ゾンビが手掛けたTVコマーシャルの動画が貼り付けてありますので、気になる方は、ロブ・ゾンビ映像作品が持つ暴力性を確認してみてはいかがでしょうか。

ロード・オブ・セイラム(ネタバレ) - 三角絞めでつかまえて
http://ameblo.jp/kamiyamaz/entry-11626206597.html

主演のシェリー・ムーン・ゾンビは、ロブ・ゾンビの嫁さんで、ロブ・ゾンビの映画にはほとんど出演しています。
ものすごい嫁贔屓ですが、演技も容姿も申し分ありません。
オッパイは残念ですが、ケツがすっごい綺麗なんですよ。
あのケツはすごいです。芸術的。

ケン・フォリーが出演しています。
ドーン・オブ・ザ・デッド(邦題ゾンビ)のSWAT隊員ですね。
リメイク版にも出演していて、不穏なセリフをTVで垂れ流す役をやっていたと記憶しています(うろ覚え
ゾーン・オブ・ザ・デッドでは、見事なもっさりアクションを披露しております。
今回の役どころは、地元ラジオ番組のパーソナリティのひとり。
エンドロールでケン・フォリーの名前を見るまで気づきませんでしたw

魔女達の謎を追う、セイラム魔女裁判研究家フランシスは、ブルース・デイヴィソン
ターミネーター・サラコナークロニクルズ(ターミネーターのドラマ版)で、Dr.シルバーマンを演じていました。
Dr.シルバーマンは、ドラマのヒロインであるサラ・コナーの精神鑑定をした医師で、未来から来た殺人サイボークのターミネーターに襲われたと主張するサラ・コナーを精神分裂症と診断して精神病院に入院させたものの、その後、自分も目の前でターミネーターを目撃して気が動転し、それが原因で精神病院に入れられてしまうというキャラクター。
ブルース・デイヴィソンは白髪が良く似合うハンサムな老紳士です。



ネタバレあり

いつも映画についての記事はネタバレしない方向で書いていて、ストーリーについて説明する場合は具体的なイメージが浮かばないよう、ボカして書いています。
今回はストーリーの考察を含めたいと思うので、ネタバレになります。

あまり深く考えずに観ると、ミュージックビデオを延々と観てたような気分で終わりそうですが、ストーリーや映像の意味を考えながら観ると困惑します。

この映画を理解するには、扱っている題材についての様々な知識が要求されると感じました。
キリスト教、反キリスト集団とブラックメタルとコープスペイント、セイラム魔女裁判などなど。
まずはお勉強がてら、それらについて調べて、映画とどう関係しているのか?について考えていこうと思います。



セイラム魔女裁判

アメリカのマサチューセッツ州セイラムで起きたアメリカ史に残る事件です。
正確にはセイラムの北数キロほどにあるセイラム村で起きた事件で、この忌々しい事件を忘れるため、後にセイラム村はダンバースと改名しました。
そんな黒歴史を持つ町ですが、「奥様は魔女」というコメディードラマが火付け役となり、それ以来、セイラムではあっちこっちに魔女のシンボルが使われ、観光業の宣伝に使われるようになったようです(きちんと事実確認していません)。
「奥様は魔女」は、1960~70年代に放送された古いドラマですが、大人気だったため、シーズン8まで製作され、映画化もされました。
吹き替え版が日本の地上波で放送されていたこともありますし、日本人スタッフと日本人俳優による日本版も作られました。

奥さまは魔女 (テレビドラマ) - wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/

「奥様は魔女」のサマンサが恐れる街(セイラム)
http://4travel.jp/travelogue/10857337


アメリカの東のはじっこにある港町がセイラム

セイラム(Salem)は「平和」を意味するヘブライ語(Shalom)をギリシャ語風に変化させたもので、そういう意味を込めて命名された場所なんですが、皮肉にも平和とかけ離れた残酷な黒歴史が残ることになってしまいました。

セイラム魔女裁判は、セイラムに住む女たち200人に対して、キリスト教に反抗する魔女なのかどうかを決める裁判を行い、魔女と審判された20人以上を処刑した(裁判中の拷問で命を落とした女性もいます)凄惨な事件です。
当時のアメリカ(というか白人社会)は、完全なキリスト教社会で、悪魔や魔女がいるとほとんどの人が信じていました。
科学捜査なんてものはなく、被疑者を拷問によって無理やり自白させるという、今の時代では考えられないような裁判が当たり前のものとして行われていました。

この映画はそんなセイラム魔女裁判を題材としていますが、映画に出てくる内容は史実とかなり違います。
史実と映画の相違点を以下にまとめました。

相違点史実映画
処刑が行われた年代1693年1696年
処刑された魔女の数絞首刑19名
拷問死1名
獄中死5名
7名
処刑方法上記の通り火あぶり
ジョン・ホーソーンの職業判事牧師
ホーソーンのスペルHathorneHawthorne

ヒロインのハイジは創作ですが、ジョン・ホーソーンは実在した人物です。
わずかな違いなんですが、ホーソーンの綴りが1文字違います。

史実では、魔女裁判に立ち会った判事は3人で、ジョン・ホーソーンはその内のひとりです。
映画では、牧師のジョン・ホーソーンが魔女狩りを決心した後、魔女達を火あぶりにしています。
史実では、1692年から魔女裁判が始まり、翌93年に裁判は終わりました。
映画では、魔女裁判のシーンは一切ありません。
また、映画の中でセイラム魔女裁判研究家のフランシスが、魔女の濡れ衣を着せられ処刑された人数は25名…と、史実通りの正確な数字を述べているので、史実がなかったことにされているわけでもありません。
このことから、ある事が分かるのですが、それについては後で書きます。

映画では、反キリストの魔女達が魔女集会(サバト)で魔王召喚の儀式を行っています。
史実では、そんな禍々しいことをしていたという話は出てきません。

史実では、二人の少女が降霊会に参加したことで精神に異常を来たし、医師から悪魔憑きと診断されたことを発端として、セイラムの女達200人を巻き込む魔女裁判へと発展します。
降霊会といっても、日本でいう「こっくりさん」や「キュービッドさん」のような、年頃の娘が大好きな他愛のない占いでした。
ただ、当時のキリスト教(の中でも特に厳格なピューリタン)社会では、そういう「おまじない」が一切禁止されていて、この決まりを破ると魔術を行う魔女だとみなされました。

スリーピーホロウ
「スリーピー・ホロウ」という首なし騎士を題材としたフィクション映画(ジョニー・デップ&クリスティーナ・リッチ主演、ティム・バートン監督、1999年製作)がありますが、当時のキリスト教社会では魔女と疑われた女性がどのような扱いを受けるのか?が、あの映画を観ることでよく分かります。
暖炉に積もった灰をキャンバスとして、木の枝を使って、星や蝶の絵を描くことすら禁止されていました。
女性がそのようなことをすると、一方的に魔女と決め付けられ、拷問され、殺されるのが当たり前の社会です。
映画自体はフィクションですが、裁判や事件の捜査、キリスト教については当時の時代を正しく描写していると思います。

17世紀のキリスト教圏の人たちは、例え医師であっても判事であっても、魔女や悪魔が実在すると信じていました。
信じていない人は極少数。
暖炉の灰でお絵かきすることですら魔女だと疑われ、死刑になるような時代です。
魔女よりも更に悪い、悪魔が憑いたと疑われればどんなことになるのかは、簡単に想像できます。
セイラム村から悪魔憑きが出たということで、村は一気にパニック状態に陥ったはずです。

こういった歴史を知っているアメリカ人にとっては、自分のご先祖が経験した自分たちの歴史の一部ですから、かなりインパクトのある題材だと思います。
「今度のロブ・ゾンビ映画はセイラム魔女裁判を題材としている!」と聞いた時点で、「血みどろスプラッターでエクソシストの要素が加わったおぞましい映画になるに違いない!」と、ホラーファンの間では期待度がうなぎのぼりだったんじゃないでしょうか。
しかし、日本人にはまったくピンと来ない題材なので、「セイラム魔女裁判?なにそれフーン」程度の認識でしょうね。
せいぜい「聞いたことある」くらいなものです。
その辺を考えると、日本で売れるわけがないので、ローカライズして日本国内で販売してくれた配給会社に対して、私からの感謝の心があふれ出ては、泡のように消えてゆきます(消えるな)。



ブラックメタルと反キリストとコープスペイント

ブラックメタルは音楽のジャンルのひとつで、デスメタルから派生したものと言われています。
楽曲はデスメタル風ですが、デスメタルともちょっと違います。
反キリスト教を理念としている場合(例え恰好だけのパフォーマンスであっても)、デスメタルとは明確に区別されます。
要するに、デスメタルとブラックメタルの境界線は、反キリストかどうかです。

しかし、実際のところは、そんな単純な話ではありません。現実というのはいつも複雑なものなのです。
ブラックメタルにも様々なスタイルがあるため(反キリスト主義でないブラックメタルもある!)、ブラックメタルはこうだ!と言い切るのがなかなか難しい。
音楽のジャンルなんてものは、演奏者が「ラップだ!」と言えば、念仏にしか聞こえなくったって、ラップとして扱われるようなあいまいなものです。
ですから、そのジャンルを知らない人にいくら言葉で説明しても、イメージできるわけがありません。
曲を聴くしかないです。

ということで、デスメタルとブラックメタル楽曲の動画を以下に貼り付けます。

まずデスメタル



うわあー間違えたあーネタ動画を貼り付けちゃったあー(わざとらしい

これは音楽だけオリジナルのものを使用し、映像を楽曲の演奏者とはまったく関係のない別のものに変えたネタ動画なので、映像はデスメタルとは関係ないです。
なので、楽曲だけ聞いていただきたいのですが、デスメタルにも美しいメタル旋律を叙情的に奏でるものとか、ただの雑音とか色々ありますが、デスメタルはだいたいこんな感じです。

デスメタルバンドの中の人たちの格好は、非常に見苦しくムサ苦しいので見る価値はないですね。
ぼっさぼさの長髪でヒゲで熊みたいな体格もしくは超ガリガリの全身タトゥーの黒いTシャツにレザーパンツ履いた汚いおっさんしかいませんから、そういうおっさんが好きな人もいるとは思いますが、正直私はうんざりするほど見て来たので、今更見たくないです。
そういうわけで、そんなおっさんどもが映っていない動画を貼り付けた次第です。
散々酷い言い方をしていますが、私も同類のおっさんです。本当にすいません。
中の人たちをご覧になりたい方は、YouTubeで検索すれば、いくらでもムサっ苦しい動画が出てきます。

一方、ブラックメタルは…



とっても微笑ましい動画ですね。

これもパロディー動画ですが、ブラックメタルバンドの特徴を非常に良く捉えています。
オリジナルの特徴をよく理解していないとパロディーはできないのと、オリジナルの特徴を誇張したものがパロディーなので、この動画が最適だと判断しました。

こういう格好をして悪魔を崇拝し、大自然の中で悪ふざけをするのがブラックメタルです(何て恐ろしい!
悪ふざけで済まないようなイタズラをしていた集団もいて、それがブラックメタル史の伝説となっています。
ご覧の通り、ブラックメタリストがいくら本気で悪魔を崇拝しようとも笑い話のネタにしかなりません。
なので、悪魔崇拝など下らないと言い放ち、反キリスト主義を持たないブラックメタルバンドもいます(たしかディム・ボガーがそう言ってたはず)。

この動画は楽曲もとても良く再現できています。
楽曲はプリミティブブラックメタルと呼ばれるスタイルで、ブラックメタル楽曲の基本に忠実な作りをしています。

ここで注目していただきたいのは、彼らのメイクです。



↑はロード・オブ・セイラムのパッケージ画像ですが、このメイク、似てますね。

これはコープスペイントと呼ばれるメイクで、ブラックメタリストが好んで使います。
むしろ、このコープスペイントをしていることがブラックメタリストのステータスみたいな(寒い)空気すら感じます。

コープスペイント - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/コープス・ペイント

Wikipedia によると、このメイクにはヴゥードゥーのシャーマンが儀式で使っていた…というような意味深な理由はなく、単に「死人のようにみせたい」という理由で用いられるようになり、他のミュージシャン達が真似するようになったとのこと。

そんなブラックメタル事情を知っていると、このメイクを見て、魔王復活→悪魔崇拝→ブラックメタル→コープスペイントと繋がりが分かるのですが、知らないと「何あの変なメイクwww」という反応になってしまうんじゃないでしょうか。

一応、ラジオ番組のシーンで簡単な説明はあるのですが、何も知らない状態であのシーンを見て、ここまで連想できる人はIQが高いですw

このパッケージ画像から想像できるのは、ヒロインとおぼしき女性が悪魔的なメイクをしていて、彼女の背後から後光が射してるので、悪魔崇拝を描いた映画らしいということ。これにロブ・ゾンビ監督作品という情報が加わることで、パッケージ画像の悪魔崇拝をしている女が血みどろスプラッターな殺戮を繰り広げる映画なのか?というイメージが沸くんじゃないでしょうか。
多くのロブ・ゾンビファンはそれを期待してこの映画を観たんだと思うんですよ。
マーダーライドショーの殺人鬼をオネーチャンに変更して悪魔崇拝やエクソシストの要素を足した感じかなぁと。
まあ、でも…はい…。

ミュージシャンでもあるロブ・ゾンビらしいこだわりも、ちゃんとあります。

映画に出てくる Leviathan というバンドは、映画のために作られた架空のブラックメタルバンド。
正確には Leviathan & The Fleeing Serpent という名前(ノベルにフルネームが出て来ます)。
映画の中に一瞬出てくるミュージックビデオが You Tube で公開されています。
このビデオは厳しい撮影スケジュールの中(全ショットを4週間半で撮影)、丸一日かけてじっくり撮影したとのこと。

4週間半ということは、20日ちょっとですね。ひと月もありません。
それで映画に必要な全てのシーンを撮影しなきゃいけないわけですから、相当厳しい撮影スケジュールだと思います。
映画では数秒しか使われないシーンのために、曲を作り、人を集め、曲を練習し、衣装を用意し、振り付けと演技指導をし、セットを確保し、機材を用意し、メイクし、丸一日かけて撮影したんですから、このシーンに相当なこだわりがあったことが分かります。
ロブ・ゾンビがミュージシャンであるからこそ、ミュージシャンらしい映像を入れることにこだわったのではないかと思います。

そのシーンがこちら。


それから、バンド名の the fleeing serpent という表現がなかなか意味深で面白いです。
レヴァイアサンは魔王とも呼ばれる悪魔のひとりですが、よく蛇の姿で描写されるので、この serpent は leviathan のことでしょう。
それが fleeing 「消えかけている」「しっぽを巻いて逃げ出そうとしている」。

絶滅危惧種であるブラックメタルを皮肉っているんでしょうかw



映画だけ観て思ったこと

話は、魔女達を火あぶりにした牧師の子孫(ヒロイン)が悪魔の子を身に宿し、儀式によって悪魔の子が誕生すると、セイラムに住む女達32人が死に、その血で魔女達が復活するの?しないの?…という流れですが、いまいちはっきりしない点がひとつ。

ヒロインは妊娠したの?

妊娠した」というのであれば、どのシーンで?となるのですが、どこだか分かりません。
セックスシーンがないので、どの時点で悪魔の種を仕込まれたのか?がいまいち分からない。
話の流れからしてここだろう…というシーンはあるのですが、もしあのシーンが種を仕込む描写だとしたら、あれじゃ分からない

妊娠してない」というなら、悪魔の子は生まれていないことになります。
でも映画の中では、火あぶりにされた魔女達にヒロインが囲まれて、体をなでまわされ、悪魔の子(エイリアンみたいな肉の塊)が生まれるシーンはある。
妊娠してないのに子供が生まれることはないので、あれは何かのイメージ、シンボル的なもので、別の何かを比喩として表現したものになる。
であるなら、悪魔が生まれるというのは、災いが起きることの例えで、セイラムの女性達32人が死んだことを表していることになります。
3人の魔女達が暗示をかけ、ライブに来た女性達をヒロインが殺したという解釈。

この流れを、抽象的な映像の連続で表現したことになるんだけど、ちょっと難解すぎる。

どちらにしても腑に落ちない。



どうして年代がズれているのか?

史実では、セイラム魔女裁判が行われたのは1692~93年。
映画では、1696年に魔女達を火あぶりにしている。

ふつうに考えたら、魔女裁判のその後の話なんだと想像がつきます。
ということは、魔女裁判から魔女が火あぶりになるまで、こういうドラマがあったんだろうと予想できる。

魔女裁判では本物の魔女をあぶりだすことはできなかった。
裁判が終わってから3年後に本物の魔女達が活動を再開し、その噂が魔女裁判で判事を務めたジョン・ホーソーンの耳に入った。
ジョン・ホーソーンは噂の真偽を確かめ、証拠をつかんだところから映画が始まる。

ノベルを読んだらこの通りでした。



DVDのオーディオコメンタリーを聞いて分かったこと

意味深な映像のひとつひとつに、大した意味はない…ということが分かりましたw

TVから流れる映像や、壁紙の絵、ラジオ局に貼ってあるポスターなど、「監督が使いたいから使った」だけで、それらが何かを象徴しているわけではありません。

でも、これらの素材選びにはこだわったようで、ヒロインの部屋の壁紙ひとつ取っても、監督が何百・何千というサンプルの中から選んだもので、厳選された素材と言えます。
私は映像として映る全てのものに、思想や哲学的な意味が込められていることを(勝手に)期待していましたが、監督がこだわっていた部分が私の求めるものとは違っていました。

意味はないと言っても、黒い獣のマスクを被った13人の全裸の女達が、灰色の布袋を被った聖職者を取り囲み、ヒロインの方へ歩いて行くシーンには、何らかの隠された意味があるんじゃないかと想像したくなる。

the lord of salem 04

黒い獣のマスクは反キリストを象徴しているんだろうし、マスクで顔を隠すというのは宗教を盲信して個性を失うことを象徴しているんだろうし、すなわち黒い獣のマスクを被った13人の女達は反キリストの魔女を象徴していて、個性を失った聖職者(単にキリスト教信者の象徴かも知れない)が魔女に取り囲まれて、悪魔の子を宿したヒロインの元へ向かう…あの聖職者は魔女に殺された魔女裁判研究家フランシスを象徴しているのであれば、ヒロインに接触しようとして魔女達に阻止された過去の出来事をこういう形の映像で表現し直したということになる。
監督が意図したにせよ、しなかったにせよ、それっぽい意味づけはできてしまう。

「理屈と膏薬はどこへでもつく 」という言葉がありますし、理屈では何とでも言えます。
重要なのは理屈が正しいことを立証するに足る証拠です。
この場合の証拠とは、この映像を作った監督の証言になると思いますが、オーディオコメンタリーでもインタビューでも、これらの映像について一切触れていません。

もし、こういった映像に深い意味づけをしたのなら、それを話したくて仕方ないはずです。
触りもしないということは、そういう意味付けはしていないという線が濃くなります。
オーディオコメンタリーを聞いてもインタビューを聞いても、ロブ・ゾンビは理屈重視というよりは直観重視な人に思えます。
なんとなく直観でイメージしたものを映像化したけど、それらの映像のひとつひとつに細かい意味付けはしていないんじゃないかと思います。
逆に、これらの映像には深い意味があるけど、あえて伏せ、客の反応を見たいと思っているのなら、もっとしつこく「どう思いますか?」とインタビュアーや客に感想を聞くはずですが、それもない。
インタビューで「もう映画の内容も忘れちったー。」みたいなことを言ってるくらいですから、あえて伏せたという線も考えにくいです。
やっぱり、なんとなくそれっぽい映像を撮っただけでしょう。
形だけというか、意識高い系というか、そんな印象を受けてしまうので、意味深なシーンにきちんとした意味づけをして欲しかったし、もし意味があるのなら、その説明もして欲しかった。


オーディオコメンタリーで面白かったのは、魔女達が火を取り囲んでサタンへの忠誠を誓うシーンの説明。

the lord of salem 01

ノベルでは小屋の中で行われますが、映画では夜の砂漠の真ん中で行われています。
砂漠なので昼は死ぬほど暑く、夜は氷点下の極寒環境。
そんな中、大した防寒対策もせずに何時間もかけて撮影が行われたそうです。

上のスクリーンショットを見れば明らかですが、キャンプファイアの火はあるものの、あの程度の火で氷点下の寒さを防げるとは思えません。
ないよりマシくらい。
身動きひとつとるだけで刺すような冷気が体中を這い回るはず。

魔女役の女優さん達はそんな過酷な環境で全裸になって演技をしているんですが、あまりにも寒いため、ろれつが回らなくなり、撮影終了時には、「サタン」すら発音できなくなっていたとのこと。
大声を出したりして、寒さを吹き飛ばそうと必死にがんばっている様子を見ていると泣けてきます。
若い人もいますが、ほとんどがそれなりにお歳を召された女優さん。

こんなことになったのも全て、防寒対策を忘れたロブ・ゾンビのせい。
それにも増して、そんなうっかりものの監督のせいで、このシーンが私にとっての泣けるシーンになってしまったw



何か忘れてない?

ヒロインは悪魔の子を身篭ったのか?という重要な点がまだハッキリしていません。
この映画を深読みする必要なんてないということが分かったので、ヒロインは悪魔の子を体に宿したという解釈になります。

そうだとしたら、どこで?

前後の繋がりから判断すると、このシーンなのですが、監督がオーディオコメンタリーでこのシーンだと言っているので間違いないです。

the lord of salem 02
七面鳥の丸焼きに気持ち悪い人間の頭部を乗っけたようなクリーチャーの腹から2本の触手が伸びている。

the lord of salem 03
ヒロインがその触手をつかんで、プルプル震えている。

触手はクリーチャーのヘソっぽいところから伸びてるので、ヘソの緒だと解釈できないこともない。
それがヒロインのところまで伸びている。
でも、ヒロインはヘソの緒を手でつかんじゃってるしなぁ…オマケに2本あるし…。

映像じゃよく分からないから、このシーンを音で表現してみよう。

ギャー
プルプルプル
ギャー
プルプルプル

ダメだ、余計に分からない…。

この触手がヒロインの股とか子宮のあたりに食い込むという表現だったら、一発で分かる。
だけど、手でつかんでプルプルされても、

「これは斬新な握手の仕方か?地獄ではこういう握手が流行ってるのか?」

と思ってしまうのではないだろうか(思わない
はたまた、

「実はあのクリーチャーはリモコン式で、触手の先がコントローラーになっているに違いない。」

という解釈もできる(真顔

要するに、これじゃわかんねーよヽ(`Д´)ノ

このシーンには深い意味があって、ヒロインが触手を持ってプルプル震えるのは聖書にこういう一説があってね…という話があれば良いのですが、おそらく監督はそんなことまで考えていません。

「クリーチャーとヒロインが触手でリンクしたから、はい、悪魔の子が宿りましたー」

きっと、こんなノリで作ったんじゃなかろうか。
このシーンはせめて、聖母マリアの処女懐胎の話と対比させるくらいのことはして欲しかった。

聖母マリアは誰ともヤらずに妊娠したという話なので、反キリストではそれの逆をすれば良いことになります。
普通に誰かとヤって種を仕込むだけだと普通すぎるので、乱交パーティで~とか、山羊とヤって~とか、そういう表現だったら「なるほど」と思えます。
ノベルには、ヒロインが獣のような姿をした悪魔にレイプされて種を仕込まれる描写があるので、ここはノベルを忠実に再現する部分だったと思います。
触手を握ってプルプルされても、笑いを取りに来たとしか受け取れないw

嫁さんのシェリーのインタビューでも、このシーンはおかしくて笑いを必死にこらえながら演じていたと言ってました。
シリアスな映画のかなり重要なシーンをコメディーにするセンスはなかなかのものですが、前衛的すぎましたね。

予算やスケジュールの都合で、こんな形になってしまったんでしょうが、明らかに選択ミスです。
想像以上の過酷な現実を前にして、その対策に追われ、ロブ・ゾンビがいっぱいいっぱいだった…という事が、このシーンから伝わって来ます。

映画の監督ってほんと大変なんだな…。



感想

私はホラー映画はバッドエンドであるべきと思っているので(大衆娯楽へのアンチテーゼ)、悪側の勝利で終わったのは良いのですが、抵抗勢力があまりにも無力で、もう少し頑張ってくれても良かったと思います。
悪に抵抗する正義の超人ヒーローを登場させなかったのは、徹底的なリアリティと徹底的な非リアリティの両極端を描写することで、見る側に強烈なインパクトを残すという意図があったからかも知れません。

オーディオコメンタリーで、監督は「徹底的にリアルにした(現実世界を描写した部分は)」というような発言をしているので、おおむね外れてはいないと思います。

町も実際のセイラムで撮影されたし、ヒロインの部屋が異様に整頓されているのは、麻薬中毒から復帰したことで、部屋が片付いていないと気が済まない心の病を引き起こしてしまったから…という設定があったり、監督が撮影する家の壁紙が新しいのを見て「古い家なのにこんなに壁紙が綺麗なのはおかしい」と言って、壁紙にコーヒーをぶっかけて汚したり、リアリティを出すことにこだわっています。

でも、この物語の要(かなめ)とも言える、ヒロインが妊娠するシーンは、もう少し分かりやすくした方が良かったと思う。
それから、意味深なシーンの数々に、大して意味がなかったという所が非常に残念。
そうだと分かっていても、灰色の布を被った聖職者が椅子に座ってディルドをシコシコするシーンにだって、何らかの意味はあるんじゃないかと勘ぐってしまう。
これはロブ・ゾンビの妙技だろうか?



P.S.

ファンゴリアのインタビューでロブ・ゾンビが語っているのですが、インタビュアーが「三人の魔女姉妹はマクベスに出てきた3人の魔女を彷彿とさせる」…という話をすると、ロブゾンビは「参考にしたものはほとんどないけど、あの姉妹を描くときにポランスキーのマクベスが頭にあった」というような話をしています。

この映画を理解するには、シェイクスピアのマクベスと、それを1971年に映画化したポランスキー監督のマクベスについて知っている必要もありました。

マクベスについてはインタビュアーに質問されて思い出したように感じます。
ロブ・ゾンビ自身が気づいていない出典が他にも色々ありそうで、そういう観点からこの映画を観るのも面白いんじゃないかと。



参考にしたもの

セイラム (マサチューセッツ州) - Wikipedia
Salem, Massachusetts - Wikipedia
セイラム魔女裁判 - Wikipedia
Salem Witch Trials - Wikipedia
John Hathorne - Wikipedia
ロード・オブ・セイラム スペシャル・プライス [Blu-ray]
ロード・オブ・セイラム(The Lords of Salem) (TO文庫) 文庫
ロード・オブ・セイラム [Blu-ray] カスタマーレビュー
セイラム魔女裁判―清廉潔白のグロテスク - オカルトクロニクル
セーラム魔女裁判で実際に行われていた魔女を見分ける10の方法 - カラパイア
SXSW Interview: ‘Lords of Salem’ Director Rob Zombie Takes the Good with the Bad
Q&A: Rob Zombie on the Strange, Satanic “THE LORDS OF SALEM”
 
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